2020年5月、著名な人権活動家である僧侶が信者の母娘と性的関係を持ったというスキャンダルは、SNSを通じてカンボジア中に瞬く間に広がった。
だが、米紙が証拠とされる動画を検証したところ、その背後には僧侶を陥れようとする政府の謀略があったことが明らかになる。
人権のために数十年もの間、戦い続けてきたカンボジア人僧侶ルオン・ソバス(42)の評判は、わずか数日で地に落ちた。
彼が信者の3人姉妹とその母親と、性的関係を持ったことを証明する4本の動画がフェイスブックに投稿されたからだ。2020年5月30日のことだった。
動画は、僧侶と性的関係を持ったとされる姉妹のひとりティム・ラタ(30)という名の看護師のフェイスブックに投稿された。彼女の家族は僧侶の寺の前に住んでいて、食料品店を営んでいた。
「ルオン・ソバス僧侶は徳があり、とても尊敬できるお坊さんです」とティム・ラタは動画のなかで語っている。
スマホで撮影されたと見られるぼやけた動画には、ルオン・ソバス僧侶のフェイスブックのプロフィールも映っている。
電話のような音声の会話は、僧侶とティム・ラタ、そして彼女の母親ソム・ボパの間で交わされたものだとされている。
なかには「舐める」といった露骨に性的な発言がいくつかあった。
動画がフェイスブックに投稿されて間もなく、シエムリアップ州の警察がティム・ラタに出頭するよう命じた。彼らの質問は早口で威圧的だった。
なぜあなたは僧侶と性的関係を持ったのですか? あなたの姉妹と母親もですよね? フェイスブックのパスワードは何ですか? それはあなたの携帯電話ですか?
ティム・ラタは、恐怖で声が震えてはいたが、すべてを否定してこう主張したという。
「私たちは被害者です。何も悪いことはしていません……」
🔶フェイスブックで国民の分断を煽り、政敵を失墜させる
その後、政府の管理下にある宗教評議会は、禁欲の戒律に違反したとして僧侶の聖職をはく奪。
逮捕されることを恐れたルオン・ソバスはカンボジアを出国し、いまは亡命生活を送っている。
だが、本紙「ニューヨーク・タイムズ」が調査したところ、複数の政府職員が偽動画の作成とフェイスブックへの投稿に関与していた証拠が見つかった。
ソバスは、当局の権威主義を率直に批判する者を失墜させようとする政府の策略の犠牲になったのだ。
カンボジア政府はこれまでもSNSを駆使して、国民の分断キャンペーンを展開し、邪魔な者を失脚させるための裏工作をおこなってきた。
フン・セン首相の下、カンボジア政府は偽の動画や音声をフェイスブックに投稿して政敵を繰り返し誹謗中傷し、投獄してきたのだ。
フン・セン首相は70年代に市民を大量虐殺したクメール・ルージュの元兵士で、現在はフェイスブックの熱狂的なユーザーだ。
彼はおよそ35年に渡って権力を掌握し、国内の野党勢力を叩き潰してきた。昨今は中国にすり寄り、人権問題に取り組むようにと迫る欧米諸国の援助を遠ざけている。
多くの著名な人権活動家や野党政治家が暗殺されているが、事件が正当に調査されたことはほとんどない。
🔶僧侶と母娘は罪を否定
ルオン・ソバス僧侶は7月にスイスで人道的在留資格を取得した。
彼は現在、シェムリアップ州の検察から姉妹のひとりをレイプした罪で起訴されている。
カンボジアで最も著名な人権活動家である僧侶が性犯罪の罪に問われたという噂は、ウイルスのように瞬く間に国中に広がった。
ルオン・ソバスは、女性たちと性的関係を持ったことと強姦罪を否定している。ティム・ラタも僧侶と性的関係は持っていないし、動画が投稿されたフェイスブックページは自分のものではないと主張している。
本紙の調査結果も、2人の主張を裏付けるものだった。
分析の結果、件のアカウントは動画が投稿されたのと同じ日に作成され、姉妹の本物のフェイスブックから写真を流用していたことがわかったのだ。
動画に表示されるルオン・ソバス僧侶の偽のフェイスブックページも、同様に作られていた。さらにこの動画には決定的に不審な点が2つあった──。(続く)
https://news.yahoo.co.jp/articles/b9b63cd4d2c78f313aefba3dfa97d9390a2ad448